今月の風景

2007年3月

琵琶湖疎水 水路閣

〜明治の気概と歴史を感じさせる近代化遺産〜

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琵琶湖疎水は明治期に京都の産業振興を計る為に建設された水路である。

琵琶湖と加茂川を結ぶ疎水は明治18年(1885年)着工、市の年間予算の2倍以上の費用をかけ、明治23年に一期工事が竣工した。

疎水は水運、灌漑、工業・飲料用水の確保に用いられたほか、明治24(1891年)年には日本初の電力事業用水力発電所が稼動(注釈)、市電の運行や・紡績工場の電力に用いられ、京都の近代産業発展に寄与している。

水路閣は琵琶湖疎水の支線の一部となるレンガ造りの水路橋で、京都の有名なお寺である南禅寺の境内を通過している。南禅寺は京都でも格式の高い禅寺であり、名庭や三門など重文・国宝級の伽藍がある。

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京都南禅寺の三門と、琵琶湖疎水の水路閣は、予ねてより行ってみたい場所だった。南禅寺は京都でも有名な古刹であり、水路閣は近代産業革命を象徴する遺構である。この全く別の建物が、同じ敷地内に建っているというのが、面白い。

ということで、奈良京都ツーリングの途中に寄ってみた。

狭い京都をバイクで走る際は駐輪の問題が付きまとうが(本当は市営駐輪場に停めてバスで回った方がいい)、ここ南禅寺では境内の自転車置場に停めることが出来た(駐車場の係りの人の指示があった)。

境内を歩いていくと、巨大な三門が姿を現す。
風格ある黒ずんだ太い門柱が味わい深い。

三門の特徴は、門の中に入れるということ。拝観料500円はちょっと高めだが、せっかく京都まで来たので登ってみることにした。
階段を上がると外廊下に出る。高さは3〜4階建て程度だろうか。木製の建物でこれだけ巨大というのが、何とも凄い。圧倒される。

「絶景かな」、ということで京都市内を一望することができる。

お参りを済ませ、境内右手奥に向かって歩いていくと、
重厚なレンガ造りの橋梁が姿を現した。

明治の時代に、技術的なチャレンジをして、これだけの建築物を作った先人達の偉業には感嘆せざるを得ない。建築から百十余年の年月を経て、歴史を感じさせる素晴らしい橋となっている。

レンガのアーチをくぐると、その奥には南禅院の庭園がある。

京都有数の名庭である。歴史が交錯する奇妙な空間。

水路はまだまだ現役で、東山に水の流れを作っている。

参考リンク:南禅寺 京都市水道局

(注釈)

疎水が計画された当時、水力発電所は世界的にみても小規模な物が幾つかあるだけだったという。欧米でも大規模水力発電の実用化が進んだのは1890年代である。

ちなみにエジソンがNYで送電システムを完成したのが1882年であり、日本で東京電力の前身会社が設立されたのが、その、たった1年後の1883年である。

信じ難い事だが、明治初期の日本における電気事業の進展は、世界的にみても先端を行っていたのである。文明開化の時代は、それほどまでに先端技術の導入に貪欲だった。

琵琶湖疎水を設計製作指揮したのは当時若干23歳の田邉朔郎であった。明治人の気概と勇気には感嘆せざるを得ない。

(飛鳥、奈良、京都のツーレポは現在作成中です)

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